2月半ば過ぎました
今日は仕事はお休みで。
朝から通院の為、30分ほど電車に乗り。
このあと、地区の方の所へ訪問で。
つい最近、改めて思ったこと。
地区の主任になって、はや3年目。
私が努力することで、学ぶスピードも変わり、笑顔になってくれる人も増える。笑顔の回数も増える。
1日1件声掛け(訪問して)を習慣とし、地区の方に幸せを増やす努力をし、残りの時間はゆったり過ごします。
私は子供はいない夫婦で、主人の親と同居をしています。
私に子供を育てる力がないと認識したのもあり、気楽に生活をしています。この気楽さは子供のいない私には特権です。子供がいる人が子育てをしている所に生きがいを感じるように、私は気楽さを特権にしたいです。それを自分中心だと捉えられる方もいるかもしれませんし、時間があるなら、もっと人さまのことをするべきだ、と思う方もいるかもしれません。
人を思うばかりに、自分のことはさておいて、善いことを善いことをと時間の許す限り動かれる方もいます。
そういう気持ちに、私もなろうとは思いますが、一人の時間も大好きなんです。
人それぞれ。
体力をつけたい体力をつけたいと、口にしてますと、周りからいろんな行いを言ってきてくれます。
午前の仕事後のボランティアの勉強会や会議の参加、昼から仕事がある時に、朝から始発列車に乗っての教会参拝を勧められたり。
1日1件地区の方へ周ると心決めた時に、課題がふりかかってきて、あわてて心を和らげる努力をしたり。
地区の方にお願いしていたことが、次々に叶わなくなったり。
なんとかなるさ、と根拠もなく過ごしていたら、手を差し伸べてくれる方々の存在を実感したり。
法華経勉強会ではいつも学ぶ側だったのが、一ヶ月前に次は私が説くことになることが決まり、事前に上の方と打ち合わせをしたときに感じたことを補足しながら、2時間ばかり解説を読み、説き終わった時には、はぁ~っと息ついて、少し息ぜいぜい言ってて。すぐおさまりましたが。
ちなみに五百弟子授記品第八、を説きました。
たくさんの菩薩の話があり、又、自分の衣に宝がついていることを知らず、貧しい暮らしをし続けていて、宝をついていることを知ると、それを善い行いへとつなげていった、という話しも載っていました。何をいわんとするかというと、宝は仏性の例えで、皆、仏性を持っているにも関わらす、それに気づいていない様、又、誰もが仏性を持っているということを表しています。(簡単に書いてます)
