教養は、人生を前へ進める「エンジン」だった
教養は、人生を前へ進める「エンジン」だった
最近、改めて感じたことがあります。
それは、「教養って、やっぱり大切なんだ」ということです。
今、私は茂木健一郎さんの新刊『50歳からの一生使える脳のつくり方』を読んでいます。まだ私は45歳ですが、「少し先の未来を考えるには、今がちょうどいいタイミングかもしれない」と思い手に取りました。
そこで、とても印象に残った考え方がありました。
一般的に言われる教養とは、単なる知識量ではありません。人が社会と関わりながら、学問や知恵を通じて身につけていく「ものの見方」「考え方」「価値観」のこと。そして、それらが積み重なって、人間性そのものを形づくっていくというのです。
私はこれを読んで、「なるほど」と思いました。
なぜなら、人生を動かしているのは知識そのものではなく、知識から生まれる“視点”だからです。
さらに興味深かったのは、もう一つの「教養」の話でした。
今はAI、ロボット、ITイノベーション、キャッシュレス化、自動化など、社会の変化が驚くほど速い時代です。数年前の常識が、あっという間に過去のものになってしまいます。
そんな時代だからこそ、昔から受け継がれてきた普遍的な教養だけではなく、「今の時代に必要な教養」も身につける必要があるということでした。
つまり、過去から学ぶ力と、未来に適応する力。
どちらか一方ではなく、その両方を持つこと。
茂木さんはこれを「二本足打法で教養を学ぶ」という考え方で表現されていました。
これは、とても力強い生き方だと思います。
時代に振り回されながら追いかけ続ける人生ではなく、自分自身が時代をリードしていく人生。
なんだかワクワクしませんか。
ここから私自身が感じたことがあります。
それは、どんな考え方にも「バランス感覚」が必要だということです。
一つの専門分野を深く掘ることはもちろん素晴らしいことです。ですが、他の分野にも触れている人ほど、物事を広く見られますし、相手にも伝わりやすい言葉を選べるようになります。
学生時代を思い出してみると、英語・数学・国語・理科・社会の5教科がありました。
受験では文系・理系に分かれ、「苦手科目は最低限でいい」という戦略もあります。大学に合格することだけを考えれば、それも正しいのかもしれません。
しかし社会に出ると、不思議なことに気づきます。
「あのとき学んだことが、全部つながっている」と。
数学の論理性。
国語の読解力。
社会の視野。
理科の探究心。
英語の世界との接点。
それぞれが、仕事や人間関係、生き方の中で静かに力を発揮しているのです。
受験では苦手分野を避けることも戦略ですが、社会では苦手分野を少しずつ乗り越えていくことが、自分の可能性を広げる力になります。
社会には、英数国理社だけでは測れない無数の分野があります。
専門性を深く磨きながらも、教養を広げ続ける。
その積み重ねが、変化の時代に埋もれない人をつくり、やがて周囲を動かす力になるのかもしれません。
人生は、知識を増やす競争ではありません。
視野を広げ、自分の可能性を育て続ける旅なのだと思います。
今日学んだことが、未来の自分をつくる。
そう考えると、学びは年齢とともに終わるものではなく、むしろ年齢とともに面白くなっていくものなのかもしれません。
