2026年8月です🍉
また巡ってきました。8月。活動的になりやすい月です。先日、法華経を説いてきました。 受け取ったものを、次の人へ ― 法華経「嘱累品第二十二」を学んで気づいたこと ― 先日、法華経の「嘱累品第二十二」を説きました。 私の心に残ったのは、「自分が教えを受け取るだけではなく、それを次の人へ渡していく」ということでした。 法華経には、仏さまの教えを自分だけのものにせず、人々に伝えていくことの大切さが説かれています。 その中で、こんな言葉があります。 「わたしは、一切衆生にたいする最大の布施者であります。」 「布施」というと、物やお金を人に与えることを想像するかもしれません。 けれど、今回この言葉を学びながら、私はふと思いました。 自分がこれまで人からもらってきたものも、誰かに渡していけるのではないか。 優しくしてもらった経験。 励ましてもらった言葉。 苦しいときに支えてもらったこと。 人生について教えてもらったこと。 そうしたものは、自分の中だけにしまっておく必要はありません。 今度は自分が、誰かに渡していけばいい。 「もらった優しさ」を、次の人へ 私たちは、人生の中でたくさんのものを受け取っています。 親からもらった言葉。 友人からもらった励まし。 職場の人から教えてもらったこと。 何気なくかけてもらった「大丈夫だよ」という一言。 そのときは、何気ない出来事だったかもしれません。 でも、何年も経ってから思い出す言葉があります。 「あのとき、あの人が声をかけてくれたから頑張れた」 そんな経験は、誰にでも一つくらいあるのではないでしょうか。 そして今度は、自分が誰かにとっての「あのときの一言」を渡す人になれるかもしれません。 教えは、知識で終わらせない 今回、嘱累品を学びながら、私は「学ぶ」ということについても考えました。 本を読んだり、講座を受けたり、教えを学んだりする。 そこから知識を得る。 でも、そこで終わってしまったら、せっかくの学びが自分の中だけにとどまってしまいます。 学んだことを、毎日の生活で実践してみる。 そして、自分の経験として誰かに伝えていく。 そうすることで、初めて「学んだこと」が自分の人生の一部になっていくのではないでしょうか。 私自身も、すでに始めていた 今回の学びで、私はもう一つ大切なことに気づきました。 「もっと何かをしなければ、人の役...




